それは冬の晴れたある午後の事でした。我が家の“呼び鈴”が鳴った。我が家の呼び鈴は、「ピン・ポーン」と音が鳴るだけの安物。インターホン機能なんてない。従って、毎回この音を聞くと、玄関まで招かれざる客を出迎えに行く。カラー刷りの冊子を小脇に抱えたおばさん。「○○牛乳です。」と牛乳の勧誘員。今日は大繁盛です。そして、3人目の招かれざる訪問者…。
3回目の「ピン・ポーン」は、凄腕の訪問販売員だった。私が「はーい!」と、玄関に向かうと、ガラス越しに男性と女性。今迄にない組み合わせのため、少し身構えながら戸を開けると、正面に女性が2mほど離れた道路際に立っていた。一方男性は、私の右斜め前に中腰で立っている。どうも威圧感を与えない為、正面には立たない作戦だ。そして、彼ははっきりとした口調で名刺を差し出す。名古屋の食品コンサル会社の社員。私が名刺に気を取られていると、「今日はイタリア料理店のご案内に伺いました。」と、断る暇も無く先制口撃。「○○○○ってお店ですが、ご存知ですか?あそこのショッピングセンターにあるお店です。」と彼。そして、「ご家族は何人ですか?」「外食は月に何回行かれますか?週に2~3回ですか?」と畳み掛けて来る。考える隙を与えない質問攻めは、私の思考回路を停止させ、「4名で、月に2回ほど」と言わなくてもいい返事をしてしまった。すると、しめたとばかりに「家族4名でしたら、1回に 4~5,000円ほどですか?」と確信的な質問。しかし、彼の顔はいたって穏やか。
そして、三の矢と言うべき物が登場。それは“クリアファイル”に入った印刷物。得意の斜めから差し出されたそれが、私の目の前15cmでピタリと止まった。瞬間、私は無意識にそのファイルを両手で受け取る。シマッタ!敵の術中にハマってしまった。ここからは敵の思う壺だ。中身のチラシには、大きな文字で「3,000円で、25,000円の割引き!」と書いてあり、その解説を頼む自分がそこにいた。彼は流暢に「3,000円のOFFチケットを購入して戴きますと、最大25,000円分の割引きが受けられます。」「但し、4,000円以上のお食事で1,500円offですが…」と説明。そして、間髪入れずに「このご案内は、今回限りです。2度とないチャンスですよ」と“限定”である事を強調。訪問販売の常套手段。そして、ここで彼の内ポケットから“最終兵器”が登場し、誰もが落ちる仕組みになっている。その最終兵器とは、契約した人々の申込書の束である。見たところ100枚近い数。「こんなにも契約してもらってるんですよ。買わないと損しますよ」と言わんばかり。ここまで人の心理を巧みに掴めば誰でも落ちる。私などは、「25,000-3,000=22,000円お得」と間違った計算をし、単純に22,000円儲かるなら買ってしまえと思った。しかし、たまたま、手元に持ち合わせが無かったのが幸いした。後で嫁にこの件を話したら怒られた。嫁曰く「25,000円分割り引いてもらうのに、何回通わないかんと思うの?。 4,000-1,500=2,500円は1回の実費。25,000÷1,500=16.7回分の割引。17回として×2,500=42,500円実費。月に2回行っても半年以上、そこに通わなくてはいけないのよ。それは“王将”にも“ココ壱”にも“グラッチェ”にも“丸デブ”にも“かっぱ寿司”にも行けんのやよ!」と揶揄(やゆ)された。嫁の話を聞き、そうそう上手い話はないのだと反省した。
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